2012年 03月 06日 ( 1 )

【港・集落】 テルナーテ

テルナーテ王国の首都で、モルッカ諸島北部に位置するテルナーテ島にある。近年、同島で産出される高価な香辛料を求め、ヨーロッパ人が進出。街を建造するに至った。

e0020973_16531743.jpg


テルナテのことと思われる。
テルナテ王国はインドネシア東部の広い範囲を統治していた。
16世紀末 スルタン・バブラ(Baabullah)はスラウェシ島の東部から、モルッカ諸島全体、小スンダ列島、パプアの一部にまで影響力を持ち、この時期がテルナテ王国の最盛期。
テルナテ島は丁子(クローブ)の数少ない産地として知られ、ヨーロッパ人が到達する以前から中国人やマレー人の商人が訪れていた。その後イスラム教が交易ルートに乗ってもたらされると、王家や住民の改宗が進んだ。
1512年 初めてテルナテ島を訪れたのはマラッカから来たポルトガルの探検家、フランシスコ・セラン(Francisco Serrão)らだった。彼らはモルッカ諸島探検航海中にセラム島の近くで難破し地元の住民に救助されていた。テルナテのスルタン・Abu Laisは彼らの困窮ぶりを耳にすると、テルナテ島まで連れて来させた。これを機にスルタンはポルトガル人と同盟を結び、島に砦を作ることを許可した。
1575年 ポルトガル人のスルタン廃立への関与や宣教師たちの強引な布教活動などで住民の怒りを買い、島から追放された。
1606年 スペイン人はポルトガル人に対抗してティドレ島に拠点を置いていたが、テルナテ島のポルトガル人が築いた砦を占拠し、スルタンを捕まえてマニラに移送した。
オランダ人は1599年にモルッカ諸島に進出していたが、1607年にはテルナテ島の一部を占領した。
その後1663年にスペインが撤退するまでテルナテ島はオランダ領とスペイン領に二分された。
オランダは丁子(クローブ)の生産拠点をアンボン島など管理しやすい島に移したため、丁子貿易で栄えたテルナテ島はモルッカ諸島の政治経済の中心をアンボンに譲り渡した。
イエズス会のフランシスコ・ザビエルは日本を訪れる3年前の1546年にアンボン島、テルナテ島、モロタイ島を訪れ布教活動をしている。

参考URL:テルナテ島Wiki
[PR]
by cluracan | 2012-03-06 17:01 | Discovery


大航海時代onlineの1プレイヤーの日記


by cluracan

プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

全体
Top
Diary
Company
Link
Travel
Discovery

以前の記事

2012年 12月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2009年 01月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月

フォロー中のブログ

チハ改のDOL雑記@乙鯖

メモ帳

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧