ポル=ポト

ポル=ポトという人物をご存知だろうか?
カンボジアという国がどこにあるのか知らなくてもいい。ただ、今から10数年前にカンボジアはポル=ポトの独裁政権の下にあり、内戦が絶えず、多くの人々が意味もなく殺されていったことだけは知ってて欲しい。
ポル=ポトは気に入らない人間を殺した。とにかく殺しまくった。その数、100万人とも言われる。当時のカンボジアの6人に1人が殺されたらしい。
内戦も激しかったらしい。あちこちに地雷が埋められた。そして同じ国の人間同士が激しく殺しあったらしい。


ガイドのお兄さんが、頑張りすぎて僕をあちこちの遺跡に案内したために、ほとんどの遺跡を見終わり、僕は日射病になっていた。
もう遺跡は飽きた。
チェックアウトしていたが、ホテルに戻り、シャワーを浴びさせてもらった。感謝の印として2ドルのチップをあげた。これで、値引いた金額がちゃらになったわけだ。
暑かったが、体力が少し回復した。
ガイドさんといろいろ考えて遺跡以外の場所を案内してもらえることになった。

最初に向かったのは、地雷博物館。
博物館といっても、小屋みたいなものである。
そこに、爆薬を抜いた地雷が山のように展示されていた。
内戦当時のことを示した案内が日本語で書かれていた。
それをみても、博物館の地雷で足をなくした職員をみても、僕の心はあまり動かなかった。
僕は、遠い平和な国からきた日本人で、実感が乏しすぎたのだ。

次に、ガイドさんは、彼が育ったという学校に連れて行ってくれた。
学校といっても、寺である。
日本も昔、寺小屋で勉強を教えていたようにカンボジアでもお寺で勉強を教えていたのだろう。
いや、もしかしたら彼は、ここで生活して育ったのかもしれない。
聞けなかったが、僕より若いガイドには、両親も住む場所もなかったのかもしれないのだ。
お寺には、ガラス張りでできた納骨堂があり、その中に無数(多分、100~200だ)の頭蓋骨が安置されていた。
みな、ポル=ポトに殺されたのだという。
写真を撮りたい衝動にかられたが、それはあまりにも興味本位的すぎて失礼かもしれないと思い、やめた。
ただ、僕はその光景を覚えている。
僕よりも大きいガラス張りの納骨堂のなかに無数に存在する頭蓋骨。
それは、レンズを通してみるようなものではなかったのかもしれない。
僕は、本当にこの場所に連れてきてくれたことをガイドさんに感謝した。
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by cluracan | 2006-02-23 21:52 | Travel


大航海時代onlineの1プレイヤーの日記


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