【港・集落】 リガ

13世紀初めに、ドイツ騎士団によって築かれた街。バルト海に面しており、ロシア地方との重要な交易拠点。重要な産物は多種の鉱物と羽毛である。

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リガの記録は既に2世紀には見られる。長くヴァリャーグによる東ローマ帝国への交易ルートとして、ダウガヴァ川は古来より利用されており、河口から15キロに広がるリガは、天然の良港であった。リガという名称もリヴォニア語の「円」という意味から由来する、とされる。(港の形状が円形だった。)
12世紀までには交易だけでなく漁業や畜産の拠点となり、ドイツ人商人の入植も12世紀半ばから盛んになる。
教皇インノケンティウス3世の命を受けたシトー会のアルベルトが、1200年に北方十字軍を組織しリヴォニアに侵攻、23隻の軍艦と1500人の十字軍兵でリガを制圧し、リーヴ人の服属と改宗を行った。
1202年に、アルベルトは、リヴォニア帯剣騎士団をリガで創立。以降、リガはバルト海とロシアの中継貿易拠点として重きをなしてくる。
1282年にはハンザ同盟に加盟。経済発展の地歩を固めるが、同時にリガの繁栄は侵略者を招くこととなる。1522年には、プロテスタントを受容。1561年のドイツ騎士団の解散で、それ以後の20年間は帝国自由都市となる。
1581年から、リガはポーランド・リトアニア共和国の支配を、1621年からはグスタフ2世アドルフのスウェーデン王国の支配を受ける。リガはスウェーデン王国最大の都市であった。18世紀に大北方戦争が起こると、ロシアのピョートル1世がリガに侵攻、スウェーデン時代は終焉を迎える。

参考URL:リガWiki
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by cluracan | 2012-04-22 14:52 | Discovery


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