【港・集落】 マルセイユ

古代ギリシャ時代にマッシリアという名で築かれた街。ヴェネツィア商人も出入りし、交易が盛んである。周辺で農業が盛んなため、種々の農作物が豊富に取引される。

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紀元前600年頃 マルセイユの歴史は古く、小アジアから来た古代ギリシアの一民族であるポカイア人が紀元前600年頃に築いた植民市マッサリア(マッシリア)にその端を発する。このためフランスにおいてマルセイユは "cité phocéenne" (ポカイア人の街)とも綽名されている。
都市は交易で栄え、紀元前3世紀から紀元前2世紀にかけてのポエニ戦争ではローマ側につき、カルタゴと敵対した。
カエサルの『ガリア戦記』にもマッシリアへの言及が見られる。
紀元前49年からのカエサルとグナエウス・ポンペイウスの間で起った内戦ではポンペイウスを支持したが敗北し、自治都市としての権限を大きく縮小された(マッシリア包囲戦)。当時のマッシリアはガッリア・トランサルピーナ属州におけるギリシア系住民の拠点であったが、徐々にローマ化が進んでいった。
3世紀ごろ、キリスト教がもたらされた。
10世紀にプロヴァンス伯の支配するところとなり、
1481年にはフランス王国に併合された。中世にはあまり振るわなかったが、
港での交易は18世紀に盛んになった。
1720年には大規模なペストの流行 (en:Great Plague of Marseille) で十万人程度の死者が発生したが、18世紀後半には復興した。

参考URL:マルセイユWiki
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by cluracan | 2012-04-14 08:58 | Discovery


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