【港・集落】 ソファラ

東アフリカ南東部に位置する街。付近の交易の中心地である。大河に接しているため、農業が盛んである。また近郊の山地から産出する金と木材が流通している。

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ソファラとはかつてのフラ山に都したモノモタパ王国の主要港であった。
南部アフリカで最古とされる港であり、中世ソファラはその名をインド洋に注ぐソファラ川(ブジ川)からとった。
ヴァスコ・ダ・ガマの同僚トメー・ロペスはソファラを聖書のOphirとそのかつての統治者シバの女王の王朝と結びつける物語を残している。しかし、その意見はジョン・ミルトンが『失楽園』で言及してから放棄された。

紀元700年頃からソファラは栄えていた。
915年からアラブ人は沿岸に出入するようになり、ペルシアの商人が続いた。
1180年代にはキルワのスルターン支配下になり、スワヒリ文化圏に入った。後背地(主にジンバブエ)で採掘した金を海岸まで運ぶためのダウ船がソファラ川とサベ川を行き交った。
1489年 ポルトガルのユダヤ人ペロ・ダ・コヴィーリャは、金脈の発見を期待すると共にソファラを訪れた最初のヨーロッパ人として知られている。
1505年 ポルトガルによる町の支配はソファラ総督を自認したペロ・デ・アナイアによってなされ、ソファラはこの地域初のポルトガル植民地となった。アナイアはヨーロッパから輸入した石材で工場とサン・カエターノ要塞を建設した(石材は後にベイラ大聖堂の建設に再利用された)。町のかつての偉大さと富貴を示す遺跡はほとんど残っていない。

参考URL:ソファラWiki

モノモタパ王国(Monomotapa、1450年頃 - 1629年)は、ジンバブエを中心にアフリカ南部のザンベジ川流域を支配した王国。ムタパ、ムニュムタパとも。
早い時期からポルトガルとの関係を深め、黄金の国としてヨーロッパでその名が知られた。ただし、実際には金だけでなく象牙・ビーズと織物の遠隔地貿易を掌握することで栄えた。16世紀以降をマンボ王国と呼ぶこともある。1629年にポルトガルによって征服された。

参考URL:モノモタパ王国Wiki
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by cluracan | 2012-02-27 15:30 | Discovery


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