【港・集落】 セビリア

フェニキア人によって基礎が築かれ、古代ローマの時代から栄えていた。イスラム勢力に支配された間に大きく発展し、現在ではイスラムとヨーロッパの文化が混在した、独特の街並みを有する。

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古代ローマ時代には「ヒスパリス」と呼ばれた。
紀元前8世紀か9世紀 タルテソスにより支配され、のちにフェニキア人やカルタゴ人の植民都市となった。
紀元前216年 カルタゴ人は都市を破壊した。
紀元前206年 スキピオが近郊にイタリカを建設し、ヒスパリスの再建を始めた。
8世紀よりイスラム勢力の支配下に入り、「イスビリヤ(إشبيلية; ’ishbīlīya, Isbilya)」と呼ばれるようになった。タイファ諸国の分立期には、セビーリャ王国が栄えた。
1248年 レコンキスタの進展により、カスティーリャ王国のフェルナンド3世に征服され、以降はカスティーリャ王国の主要都市として発展した。
14世紀 イタリアのジェノヴァ商人がセビリアに拠点をおいて積極的な活動を行っており、中世より港湾都市として栄えた。当初はキリスト教徒とユダヤ教徒の共存がみられたが、14世紀半ばのペスト(黒死病)大流行の原因がユダヤ人に帰されるなど反ユダヤ主義の風潮が強まり、14世紀末にはポグロム(ユダヤ人虐殺)が起こった。この動きは他の都市にまで波及し、多くのユダヤ人が迫害を受けた。
15世紀後半 カスティーリャ王国とアラゴン王国の合併によって成立したスペイン王国は、同世紀末にレコンキスタを完了させるとともに新大陸へ船を進めた。イベリア半島西岸と航路で結ばれているセビリアは、アメリカとの貿易の独占港となって繁栄を誇った。
16世紀から17世紀 セビリアはスペインでもっとも人口の多い都市となり、1649年には13万人を数えた。その年にペストが大流行し、セビリアは重要性を失い始めたが、バロック美術の中心地として重要性を保った。

参考URL:セビリアWiki
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by cluracan | 2012-02-27 14:48 | Discovery


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