【港・集落】 セイロン

インド南端にある島の街。島は高地が多く、茶の栽培が盛んだ。また、宝石の鉱脈が非常に豊富で、さまざまな宝石が産出される。

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紀元前5世紀:シンハラ人の先祖にあたる人々が北インドから移住して王国をつくったとされる。王都はアヌラダープラにおかれた。
紀元前3世紀:アショーカ王の王子マヒンダが仏教を伝えたとされ、これ以後上座部仏教(小乗仏教)を主体として仏教が興隆し、その中心地となって、シンハラ人の多くは現在までその信仰を守ってきた。
紀元前2世紀以来:南インドからタミル人を主体とする断続的な移住者があり、現在のスリランカ・タミル人の原型を形成したと考えられる。
5世紀:アヌラーダプラで父を殺した王子はシーギリアロックの岩山の頂に宮殿を築いて遷都してカッサパ1世となったが、短期間で元に戻る。
11世紀:1017年、南インドのチョーラ朝の侵入により王都を放棄した。
11世紀:王国はアヌラーダプラの南東90キロのポロンナルワに移動し、1070年にチョーラ朝の勢力は撃退され、繁栄の時代を迎えた。ポロンナルワが王都となる(1070-1255、1287-1293)。
13世紀:南インドでの動乱に伴い、チョーラ朝のタミル人の侵入が激しくなった。王都は北部から中部・南部に移動し、ダンバデニヤやヤーパフワを経て、コーッテでやや安定する。マルコ・ポーロが来島し、『東方見聞録』に記録を残す。
14世紀:イブン・バットゥータが来島し、『三大陸周遊記』に記録を残す。
15世紀:鄭和が1410年に来島し、形式上では明の朝貢国となった。中央部にウダラタ王国(1474-1815)が成立し、キャンディを王都とした。低地にはコーッテ王国(1371-1597)、北部にはジャフナ王国(14世紀ー1620)があった。
16世紀:1505年にポルトガル人がコロンボに商館を建設し植民地化(1505-1658)。植民地都市ゴールも建設される。
17世紀:ポルトガルに代わりオランダが植民地化(1658-1796)。

参考URL:スリランカWiki
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by cluracan | 2012-02-27 12:16 | Discovery


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